罪は父ゆずり


『ジリリリン ジリリリン・・』
電話が二回鳴って、母が取ろうとしたら切れてしまった。
「変なの。間違い電話かね?」
その時、新聞を読んでいた父が、
「ちょっとタバコ買って来る。」
と言って出掛けた。

これがもし、この時一回切りの出来事だったら、見過ごしてしまうような、
何でもないことだったのだろう。
私が中1の頃、父は残業で週2〜3日は帰りが遅かった。週末は夜勤で、
帰れない日もあった。
父のいない夜にも、女3人、すっかり慣れてしまい、
「母子家庭みたいだね〜。」
なんて冗談も笑えた。

 ある日、父のいない夜、名前を言わない男性からの電話があった。
「お宅の旦那さん、浮気してますよ。」
という、密告の電話だった。
浮気相手は父が会社でケガした時に、よく面倒を見てくれていたという
会社の女性で、それから仲良くなったらしく、見兼ねた同僚の人が、
ご親切に家に知らせてくれたようだった。

 父は昔からよくケガをする人で、包帯する姿もすっかり見慣れてしまっていて、
私達は大した心配はしていなかった。しかし家族の私達よりも、
会社の人によくしてもらっていたことを知ると、少し情けない気持ちになった。

浮気と言われた時、母も私も「そういえば・・・」と、思うことはいくつかあった。
人に貰った、と言って金のネックレスを着け始めたり、
バレンタインはオバチャンから貰った、と豪華なチョコを持って帰って来ていた。
旅行、あまり好きじゃないくせに、社員旅行に参加していたり、私の誕生日も
帰って来なかったり、正月も出掛けていた。
そして、母が出ると切れる無言電話の後、必ず父は家を出た。
(当時、携帯もポケベルもなかったので)

 私はまだ現実味がなかったので、遊び感覚で、
「今度、お父さんが電話の後出て行ったら、尾行してみるよ!」
と言っていたら、いよいよその日が来た!
 父は、今度はタバコではなく「ちょっと出掛けてくる」と、
ちょっとそこまでの服ではなく、仕事に行くような感じで出て行った。
私は慌てて、カツラと大きなサングラスと、母の服を着て、電車賃を貰うと、
父の後を追った。
母は、
「気を付けてね・・・すぐ帰って来ていいからね!」
と、心配そうに送り出してくれた。
父は、いつものようにスポーツ新聞を読みながら歩いていたので、
全く私に気付かなかった。電車に乗り、池袋まで行き、私が見たのは
父と同じくらいの身長の、髪の長い女性が、父を待っている姿だった。
二人は腕を組むわけでもなく、並んで歩いて喫茶店に入った。

 私はショックってことより、並んで歩く姿が二人、似合わないなぁと思い、
これなら背の低い母の方がずっとお似合いだと思っていた。
しっかり喫茶店の名前だけ覚え、母に電話して伝えると、
「もう帰って来なさい。」と言われた。

 家で、母と二人でアレコレ話した。
もし、離婚ってことになったら、母の実家の名古屋に、
姉と二人でついて行こうとか、学校、転校になるのかな・・・とか。
今まで浮気って、テレビドラマだけの話だと思っていた。
実際、自分の親がしているとなると、感情的なショックよりも、
現実的な金銭面での心配等、考えてしまうものなんだと思った。

 それから、夫婦二人きりで話し合いになったらしく、父は最初、ずっと白を
切り通し、母が密告電話の事や私の尾行の事を話すと、
今度は相手の女の人も入れて、三人で話すことになった。
 その話し合いでは、父はどちらとも切れないから、その女性と母とで
和解をして、うまく両方とこのまま付き合っていきたいという希望だったそうだ。
当然、そんなことはできないから、本妻が勝ったのは明らかだった。

 そのすったもんだの後、父は毎日定時に帰るようになり、週末は家で
ゴロゴロしていた。私の反抗期もあり、父を汚らわしいモノを見るかのように
拒絶して、全く話をしない時期があった。姉にも嫌われていたので、
母と姉とは会話するけど、そこに父が交わることはなかった。
唯一の話し相手はテレビの野球中継で、一人でブツブツ試合に文句言ったり
していた。
今思うと、父の人生、男としてこれで良かったのかな・・・?

 浮気はもちろん良くない事。だけどバレなかったら、どうなんだろう?
私は、カナダでの生活の時、既婚者のジェリーと恋愛をしていた。
『幸せな恋愛とは!?』でも詳しく書きましたが・・・)
 21〜22歳の頃で、心のどこかでは旅の間だけだから、という気持ちもあった。
しかし、そんな私にも、彼は惜しみなく愛情をくれた。
彼はいつも陽気な笑顔で、太陽みたいに明るく、周りのみんなを元気にして
くれるけど、私は毎日のように彼と会って、一人占めしていたので、
不安になることもあった。太陽の側にいる雲のように、
地上の、太陽を必要としている人から、光を奪っているのではないか・・・と。
彼に話すと、
「君が側にいてくれるから、僕は元気になれる。そしてその元気を
他の人にも分けてあげられる。妻にも優しくできる。
だから、君と一緒にいることで、沢山の人達を幸せにできているんだよ!」

ラテン系のノリで、情熱的な彼とは対照的な生真面目な奥さんで、
彼の冗談にも笑わず、ネガティブな人で、喧嘩が絶えなかったそう。
子供の為とはいえ、仮面夫婦は辛い。

 うちの親はそこまでではないけど、今こうやって、大人になってから考えると、
あの浮気の最中(まだバレていなかった時)、
たまにしか会わない父は、確かに優しかった。
無事、元の鞘へ収まったけど、テレビしか話し相手がいない父の、
両方共とうまくやっていきたかった気持ち、虫が良過ぎる願いは、
わかりたくないけど、今だったらわかる。

 父の元彼女に言いたい事がある。
「背が低くて、お金はなくて、かっこ良くなくて、無口でぶっきらぼうの、
何もない父の一体どこが良かったんですか?
でも、もしあなたが既婚者とは付き合えないって、思う人だったら、
父は私の思う通りの、何もない男で終わっていたのかもしれない。
きっと、私の知らない父のイイ所を見つけて、好きになってくれたんですよね?
私より、見る目、ありますよね〜??」