裸の天使 

この絵をもとに作った、フィクションです)




  目を閉じていれば、数十分で終わる。
どんなにチビ・デブ・ハゲ&加齢臭、口臭キツくても
男は、やること一緒。
ベッドの中、いつものように瞼をギュッと閉じる。
今夜も又始まる。・・・ただ、相手が変わるだけ。
繰り返し、繰り返す。今日もその一日に過ぎない、そう思っていた。

 男は、満遍なくアタシの体を触ってから、
突然バッと、布団をはぎ取った。当然、裸。
恥ずかしいより「寒い!」が先だった。
「あ、やっぱり!!」
男は独り言のように呟くと、人形を動かすかのように、アタシの両足をつかみ、
広げた。
金で買われた"ひととき"。
何されても文句は言わない。
「君のヴァギナ、スケッチしていいかな?」
何?そうゆう趣味??性癖???
「いいけど、何で?」
「君、体すごくキレイだから、きっとアソコも・・・と思って見たくなった。」
フェチ・・・?ま、いっか〜。
アタシはM字開脚したまま、顔は描かないでよ!とプイッとそっぽ向いて、
目を閉じていた。
男は部屋が暗いまま、まじまじと見ながら、鉛筆を走らせている。
「すごく、キレイな色してる。芸術作品みたいだ。」
色、褒めておいて、色付けないのかな・・・?
「いつもはカメラで撮ってるんだけど、デッサンの方が後で見た時、
実物をリアルに思い出せるんだ。僕は、映画やテレビより、本が好きなタイプ
だから。」
妄想で興奮するタイプか・・・。
「アタシのヴァギナ、男をイカせるためのただの商売道具。
誰もその色や美しさなんて気にしない。」
「何で男はココを見たがるか、わかる?」
「エロい意味以外、ナイでしょ?」
「僕達は、みんなココから生まれてきたから。」
この人、芸術家?哲学者??理解不可能。
「ハハハ・・・でも結局は自慰に使うだけなんだけどね。
所詮、男は。」
「あ〜、良かった!ちょっとホッとした。そうゆう話聞くと、
男の人ってかわいいなぁーって。
母親になったような気持ちになれる。
だから、いい年したオヤジに乳首チューチュー吸われても、
よしよしってハゲ頭撫でられる。
顔見て話してたら、そんなこと出来ないって思うのに、
ベッドの中だと自然にできちゃう。」
アタシは、男が客の一人だってコト忘れて、気付いたら本音で話していた。
そっぽ向いて目を閉じたまま、独り言のように続けた。
「ここはまるで夜の底みたいよ。これ以上の下はない。
男がアタシにのしかかってくる時、夜の重みを感じるの。
その時、全てを支えているのはアタシのような気がするの。
女を買うために、男は昼間の顔を持って働くことができる。
・・・そりゃあ、誰だって女をお金で買うこと、見知らぬ他人と寝るなんて、
と思っても、この仕事はなくならない。
結局みんな、体温持った同じ人間だから、
誰としても大きな差はあまりないんじゃないかな。目を閉じてしまえば、
容姿も性格も仕事も関係ない。ヤルコトは一緒。」
「できた!ちょっと見てくれる?」
男はスケッチブックをそのまま渡して、描き終えたデッサンを得意気に
見せた。いつの間にか三枚も描いていた!
最初の一枚は、とても細かく丁寧に沢山の線と影からできている、
写真のようにリアルなタッチ。
二枚目は、鉛筆の濃淡をうまく使って、最初のよりも大雑把な仕上がり。
三枚目は、一番シンプルでいたずら書きのような簡単なイラストだった。
「アタシはコレが好き!!」
三枚目を指しながら言った。
「一枚目は上手!二枚目は工夫している。三枚目は手抜きっぽいけど、
よく捉えられてる。うん、おさえる所はおさえてるって感じ。」
「でもそれは、三枚目だからだよ。
最初からコレは描けない。だんだん描いているうちにヴァギナの形が
頭に入ってきたから、殆ど見ないで描いた。」
「それにしても、それでエロイ気持ちになれるの?」
男は笑って、
「ご心配ありがとう。女のコにはわからないんだろうな。
・・・僕みたいにいろんな性癖の人、いるだろ?」
「そーね、Hもシンプルにただするだけじゃ、物足りなくなってきてるみたい。
いろんな人、いるよね。」
「例えば?」
「カップル喫茶ってゆー、いわゆる中身はスワッピングみたいなヤツとか。」
「乱交パーティのこと?」
「うん、カップル同士を交換し合うのもあれば、女1に対して男3とか、
それをただ見てる人達や、たま〜に女同士とかも・・・。
でも大勢で、裸になって戯れてると、人間じゃないみたいな、異様な世界よ。
1対1の特別感と違って、単なるオスとメス。
欲望を満たすだけの動物化しちゃう。」
「・・・」
「けど、服を着て帰る時は、"本物のパートナー"と"個性"を取り戻して、
現実に戻って行く。
あ、本当はあの人達がカップルだったんだ〜、って驚いたり、
面白かったりする。」
「ちょっと覗いてみたいような気もするけど・・・。」
「見せたがりのカップルもいるからね!見られると興奮するって。
逆に他人のHも見る機会ないから、刺激になるみたい。」
「でも君みたいな、さくらのカップルもいるんだろ?」
「見てわかるけど、ほとんど本物のカップル達よ。若い人達のは、
恥じらいもあって初々しいけど、夫婦とか年配者のは見てるとちょっと切ない。
生きてるコトを確かめ合ってるような・・・自分達だけじゃ物足りないから、
早く誰かちょっかい出して!みたいなオーラ?旦那さんの方は、
若い女のコと交換したくて、ジリジリ、アタシ達の方に寄ってきたりする。」
「僕だったら、本当に大切な恋人とは行けないなぁ。」
「そこに来てるカップル達は、そーゆーのを超えちゃってる。
相手が気持ち良さそうなのを見るのが、いいんだって。
それで、又家でヤルと燃えるんだって。絆が深まるって。」
「・・・まぁ、確かに彼女が行きたがったら、楽しませてあげたい気持ちは
わかるけど。いや、やっぱり目の前で他の男と・・・なんてヤキモチ焼くな〜。」
「おにぃさんも、まだまだ・・・ね!
その延長線上にあるのがSM。SとMは信頼関係で成り立ってる。」
「え!?そんなに深かったの?ムチとか、痛いイメージしかないけど・・・。」
「そうゆうのをMが望んだり、Sがしたがったら、相手の為にやる。
愛する人が喜んでくれれば、自分も気持ちイイって。
カップル喫茶も、自分じゃあ相手を満足できないからって、連れて行って、
目の前で楽しんでくれたら、それは浮気にはならない。」
「なるほど・・・。それも"愛"か!?」
「一見、Sが主導権握ってるように見えて、実はMがして欲しいコトを
理解した上で、Sが強要させる。Mの方が我儘なの。
満足のMと、サービスのSって言われてる。
お互いの心理的には、どこまでもSを受容するMと、
Mの嫌がるコトはやらせないSの信頼関係があって、できる行為。
これが、本当のパートナーとする、愛情あるSM。」
「二人の間でしか理解できない感覚なんだな・・・。
でもそのプレイ自体が好きな性癖って、あるだろ?
パートナーには内緒で風俗行ってたり。」
「相手がいない淋しい人でも、かわいければ誰でもいい訳じゃなく、
SMが好きな人とプレイしたいはず。アタシがやる時は、
SでもMでも楽しんでやる!SMは心理戦。
アタシも実は、その気があるんです、って喜んで秘密分かち合う感じ。
Hやカップル喫茶と違って、目を閉じて足開いてるだけで終わるものじゃない。」
「プロ・・・だなぁ、究極の接客業。
今までお客さんで、生理的に受け入れられないとか、タイプじゃないから
嫌だ、って思ったことないの?」
「お客さんは選べないから、こっちが合わせていくしかない。
それに心を持った人間として、じゃなく男と女としてだから、
誰でも変わらない。イケメンでモテそうだったら来ないでしょ?
ある程度の覚悟はできてる。」
「君は僕らモテない男達にとっては、天使だね!」
「でも同じ人と二回三回って、会った事はない。みんな一期一会。」
それが淋しい訳じゃない、と付け加えようとしたら、男は再びスケッチブックを
出してきた。
「君はこの三枚目の絵みたいだからね。」
いろんなのとっぱらった完成形のヴァギナの絵。
「オヤジ達は、一枚目、二枚目のように無駄な線や影を付けながら、
試行錯誤の末、三枚目に辿り着く。
本当の自分の性癖、"自分だけの満足"に。そこで君と出会い・・・。」
「カップル喫茶やSMね。」
「君が自分で言っていたように、これ以上の下も、その先も、ない。
博愛な天使は男達の願いを必ず叶えてくれるのに・・・ね!?」
満足させることがアタシの仕事。アタシは仕事を全うしている・・・
その自負だけは明らかだった。
男は、スケッチブックをめくると、天使の絵を見せた。
「僕が天使を描く時は、いつも目を閉じているんだ。
天使は純粋を保たなければいけない。汚れたモノを見てしまっては、
失明してしまうんだ。この世の中は、不純だらけだから、
天使はいつまでも目を開けられずにいる。」
眠っているような小さい子の背中に、大きな翼。
ふんわりとした、柔らかいタッチに、優しいパステルカラー。
どうやったら、こんなにメルヘンチックな絵が描けるのだろう?
さっきまで、ヴァギナを三種類描いてた人と、同じ作者だよね??
アタシが見とれていると、男は画材道具を取り出して、絵具やパレットを
出し始め、バケツに水を入れてきた。
「まず最初、絵具を使い始める前に、色の特徴や役割を知らないといけない。
例えば、青は引き締まって見えるし、無難な色だから好きな人は多い。
逆に黄色は、膨張色だし、好き嫌いハッキリ割れると思う。
でも黄色には、青には出せない光を持っている。
人もそれと同じ。
だけど、君は何の色からもできていないと思う。きっと透明な水。
色を持った人間と、一夜を過ごす時はその色を溶かしてしまって、
一緒に混ざり合う。
でも、別れたら元の透明な水に戻る。」
「あなたは、何色からできてるの?」
「僕は・・・」
男は赤と青の絵具をパレットに出し、まず赤を筆で均してから、
アタシの左胸の心臓がある辺りにハートを描き始めた。
「絵や女のコ撮影したり、好きなコトにはかなり熱くなれるんだけど・・・」
男は赤くハートを塗った後、その上に青を重ね塗りしながら言った。
「これでも、仕事では自分を出さないように、真面目にサラリーマン
やっているんだ。」
アタシの左胸は、赤と青が混ざった紫色のハートが描かれた。
「人は一色ではなく、何色もの色でできている。
例えば、母親の顔(赤)、恋人の顔(ピンク)、妻の顔(オレンジ)、
子供の顔(黄色)、友達の顔(緑)、仕事中の顔(青)、
そして自分だけが知っている、本当の顔(紫)。
この女性は、7色の色からできている。」
男はアタシのヘソの周りに、7色の虹を描いた。
「昔は、少年の頃は(笑)、本当の自分と現実とのギャップがあることが、
許せなくて、仮面みたいに自在に使い分けている大人になりたくなかった。
でも、一緒にいる相手が変われば、自分も変わるだけのコト。」
「アタシは、いつまでも"水"でいたい。」
「じゃあ、そんな自分が好きなんだ?」
「好きなはずないでしょ!?・・・ただ楽なだけ。」
「自分の事、好きになるってなかなか難しくても、
"この人といる時の自分"が好き、とかはあるよね?
君は誰と一緒にいる時の自分が好き?」
「ナニそれ!?友達や彼氏、って答えるところなんでしょ?
さりげなくお説教してても、アタシ手強いからね!」
・・・いるいる、自分だって女買ってるくせに、人にはまともなコト言うヤツ。
「こんな仕事してたら、誰も周りにいるわけないでしょ?
お金さえあれば、一人だって楽しいし、むしろ何も邪魔されなくて、気が楽。
そうゆう世の中じゃない?」
「服やバッグ買ったり?」
「アタシは、残るモノよりその時にしかない快感が好き。
美味しい物食べたり、美容室やエステ行ったり・・・。
一度、お金で満足が買えると知ったら、もう普通の仕事なんてバカバカしくて
できない。友達も彼氏も、面倒臭いのはいらない!」
「友達は"美容師"や"エステシャン"や"料理人"で、
彼氏は"夜のお客さん"か・・・」
イラッときた!確かに今、関わっている人達はお金のやり取りがある人
だけだけど・・・。
「バカにしてるでしょ!?まさかそれでハートとか描いたの??」
「違う。なんか僕と似てるなぁーって。僕も自分のご褒美の為に働いているから、
同じだよ。」
「おにぃさんのご褒美って、こうゆうフェチ系の遊び?」
「僕なんか、お金払わないと女のコとはこんな風にまともに話せないから・・・。
あ、いつもは撮影スタジオ所属のプロのコンパニオンのコ、撮ってるんだ。
レースクイーンみたいなコのポートレイト撮るのが趣味で。今日は初めてなんだ。
こうゆう、・・・最後までできるコ、紹介してもらうのは。」
「あ、そういえば・・・まだしてない。」
これだけ話した後にするのは、気恥かしいな・・・
まだアタシにも"恥ずかしい"って気持ちが残っていたのかぁ。
「だんだん満足してきちゃったから、別にしなくていーよ。
プロでもないのに、絵のモデルやってくれたり、体にペイントしたり、
僕の絵、褒めてくれたり・・・。話してて楽しいし。」
そんなの、"仕事"だからに決まってるじゃない!?
男ってすぐ勘違いする。・・・でも、絵は本当にうまくて、
ボディペインティングもおもしろかった。
さっきは、本気でちょっとムカついたけど・・・。アタシは照れ臭くなったので、
バカにするようにこう言った。
「そっかぁー、フェチ系の人って、しなくても満足するもんね!」
「そうだね、心があるモノは怖いから。けど、自分の性欲は満たしたくて・・・。
だから間接的な何かで、想像する。その想像が直結する生き物だから、
男は!」
心がある人間は怖い、か・・・。
だったら妄想やお金での関係の方が、自分の思い通り。
「写真、いつもはもっとスタイルいいコ、撮ってるんでしょ?」
「プロのコは、ポーズとかうまくて、慣れているから撮りやすいけどね。
所詮はそれだけの関係。僕も一期一会だなぁ。」
立場は逆だけど、うん・・・似てるかな。
「最初は写真集みたいに、女のコをキレイに撮ってあげたいって、
表情やバッグの風景にもこだわっていたけど、そのうち唇や太もものアップとか、
こっそり望遠で撮ってたり・・・。」
「・・・で、目覚めちゃったの?」
「いや、そのうちそれじゃあ物足りなくなってきて、プラスでお金を出すから、
パンチラもいいかな?って交渉して・・・。」
「それくらいなら、みんなやるでしょ?」
「そうゆ〜モノみたいだね。でもそのうちだんだん調子に乗って、
ヌードも撮りたくなって、プラスで出すから・・・って。
それも大抵はOK。そしたら、又欲が出て、足開いてヴァギナも見たくなって・・・、
あぁ、もちろんオプションでね。
でもまぁ、ヌードまで行くと、スムーズな流れでうまくいく。」
「へえ〜、アタシは最初から裸だったからなー。もっと焦らせば良かったかな。」
「・・・でも、ヴァギナまで行っちゃうと、その先はなくなって、又違うコで、
ポートレイトから始まって、フェチ、パンチラに戻って、だんだん脱がせていく。
ヴァギナまで一巡しちゃうと、同じコでもう一度・・・って、思わないから、
相手を変えて繰り返す。」
「キリないね。」
「僕は、"輪廻"って呼んでる。」
今度は哲学者!?男が真面目な顔だったので、アタシはアハハッと笑った。
「人のそうゆうの聞くと、バカっぽいって思うだろ?」
「女のコってさ〜、お金出せば何でもやっちゃうから、口説くの楽でしょ?
アタシだけじゃないよね、良かった!」
「その女のコ達も、あ、君も含めてね、と僕みたいなモテナイ男、
みんな"輪廻"だよ。」
「一緒にされたくない気もするけど・・・。」
「じゃあ、この"輪廻"から脱出できる方法を教えてあげようか?」
「え!?知ってるの?だったら何で自分はしないの?」
「世界が変わるから・・・あ、ちょっと大げさだけど、『よっしゃ!!』って、
気合いと覚悟が必要。"輪廻"でグルグル回ってる方が、
慣れてる分、楽だから。・・・でも、」
「何?」
「いや、じゃあもう一回だけ、君の体にペイントしていい?今度は背中!!」
「もちろん!アタシの体はとっくにあなたの画用紙よ!
アタシを作品にしてちょうだい!!」
男は、大筆、小筆、ハケも使いながら、丁寧に描いているようだった。
絵具は冷たいけど、筆の感触は柔らかくて、優しい。
アタシは一体、何になるんだろう?
目を閉じ、くすぐったいような気持ち良さを味わっていると、
いつの間にか眠ってしまった。

 朝、目が覚めると、男はいなかった。
代わりに、お金と小さな置き手紙が添えられてあった。それには、




裸の天使へ

   この部屋の中で生きるのは、君には狭過ぎる。
   どうかこの翼を使って、自由に飛んでくれ。
 君は与えたい愛情をたくさん持っているけど、
 誰に与えたらいいかわからないだけ。
君の体に値段はないと思うけど、この金は画用紙として、使わせてもらった
紙代だよ。




アタシは万札数枚、ぐしゃっと握り、そのままバッグに押し込んだ。
鏡に背中を映し、描かれた見事な翼を見ると、急いでシャワールームへ行き、
真っ先に背中を洗い流した。
あっと言う間に、翼も胸のハートも、ヘソ周りの虹も消えていった。
服を着て、外へ飛び出す。
「返さなきゃ!」
でも、覚えていない。どんな顔・・・?名前・・・。
絵がうまくて、あ、声はよく覚えている!

アタシは太陽が眩しくても、目を逸らさず大きく開けた。
「だって、アタシは天使じゃないから!」